Graphein-O
Wadachi
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◆◆ 藤田湘子の俳句世界 ◆◆


■ 鷹2004年6月号より

蝌蚪の国戦争もせず失せにけり

佛生会※子なども篤と食ひ   ※魚偏に白

両眼の水晶体も春の冷

松ぼくりほどの古巣ぞ遣ると言ふ
   むく
芳草や椋鳥の白斑は恋がらみ

放屁虫同好会の桜の夜
にはたづみ
行潦わつと照り虻ただ黒し

種案山子立ちたるを見て山遊ぶ

佛像の頬羨しけれ夏隣

丸善にひとりの僧衣夏隣

われの眼を置いてけぼりや蛭沈む

人生をふはふはと来て蟻抓む


■ 鷹2004年5月号より 黒松の貫禄地虫ぞろぞろ出づ 今日ばかり地虫がほなる団子虫 バレンタインの日なりともかく花結び 潤ひてまた乾く頭や茂吉の忌         とど 虻宙に太陽を真似止まれり 薮椿止むにやまれずつづけ落つ 天つ風安房より吹けば蝶生る 烏降る雀隠れにとつおいつ          はる たんぽぽや空全開の遼けさに 霞む山はせをの連として見をり       おもし 儚な身に首の重石や百千鳥 若者と大断絶や連翹忌
■ 鷹2004年4月号より 斑鳩の道や総出のいぬふぐり 日の御子の残り香ほどのいぬふぐり     ひ 春立つと干魚菩薩を炙りもす 魚は氷に上り鸚鵡は横柄に     ぼん 白魚の上品の色忝な 物の芽のさきがけのみな無名なり 吹降りや土筆法師の荒修行 美しきひとの案内や涅槃像 伊豆安良里春は帽子に羽根付けて 春渚蟹の長駆のけざやかに 浦ひとつ灯をゆたかにす桜鯛 早蕨のまだ馴染みなき猪の貌
■ 鷹2004年3月号より 一月はどどどと過ぎぬ昼のめし 老虚子と春立つまへの二夜かな 夜叉面も時計の貌も春隣 寒凌ぐ身に鍼打つてゐたりけり 我痩せて鴉太りぬ寒の内 葛湯吹き灯影がほどの恙あり 丘ひとつ越え探梅のつもりなり 足もとに泛く薄氷のこゑなりし たつぷりと見しが薄紅梅ばかり 早梅や団子一串うれしけれ 陰陽の陰まさりけむ椿落つ 敷きつめし苔へもたりと椿落つ
■ 鷹2004年2月号より 禽獸のこゑを戒め山眠る 雪嶺よむかし訴へいま寧けく 冬眠の無明無音の息思ふ 立ち並ぶ櫟や幹も影も枯れ 自然薯の長々しさの果報かな 畦々や冬草の座のへこたれず 水差して鉄瓶懈き冬至かな 衣食足り血の足らぬとよ枇杷の花 師走あはれ汁粉ごときに舌鼓 虎落笛わがのどぶえを誘ふなり 寒の梅心身とかく背き合ふ   ねぶつ 木の念佛土の念佛や寒の雨
■ 鷹2004年1月号より 枯山へわが大声の行つたきり 雪稜や五竜唐松鹿島槍 初冠雪田圃の泥鰌ねむりけり 中空の鷹姥捨に君臨す 竜田姫やよ我が足を弱らすな 梟に木綿にこころ包まるる 折も折雪沓出して干すところ 始まりに犬の死があり冬用意 はらはらと落葉かさかさと老人 深海の生死は無音去年今年 倫敦は巧みな宛字読始 寒念佛材木置き場から出発
■ 鷹2003年12月号より 賢しらを捨てに行くなり紅葉山 とんぶりを食べ禿頭やはらにす 胡桃割るたびに莞爾と顔あぐる 胡桃食ひくるみのやうに想ふかな 藷番の小屋やみくもに造られし 秋の蜂堂々と行く何やある 雨あしのしぶきちりばめ菱紅葉 気にかけて三日鶏頭いつ抜くか 残る虫豆電球の切れにけり   北九州にて、高倉展行 二三度は猪突くらひし貌なりき 猪狩の仕草それからそれへかな 雁わたる唐津の城に惚れにけり
■ 鷹2003年11月号より 会津より始まる桐の一葉かな 蚊が刺せりわが弁慶の泣きどころ ぶつかつてわが体臭に蝉死せり 阿波木偶に泪せし夏逝きにけり 小灰蝶かやつり草をないがしろ 磧なす石ころの秋草の秋 露きらら牛馬羊飼ひし代は 国弱し男も弱しすいつちよん 何の餅彼の餅と食ひ九月尽 蓑虫の感情の糸けふ長し 何か言ふまへの唇鳥渡る 芋の子の育ちざかりの芋嵐
■ 鷹2003年10月号より      きなさ 雲白き信州鬼無里土用餅 雪渓を雲行き大き無音過ぐ どの雲の落し子ならむ吾亦紅     こくびやく 揚羽飛ぶ黒白といふけぢめあり 悪も愚もごつたの大暑到りけり       すみか 大冊や紙魚の栖の難漢字 紙魚なれば本の厚さを生甲斐に かなぶんと一対一の修羅場なり 蠅虎面目かけて我に跳ぶ 蜩の遠きひとつは束ね役 畦行けばやいのやいのと曼珠沙華 いわし雲虚子と遍路をしたかりし
■ 鷹2003年9月号より 三毛猫と黒猫と会ふ夜涼かな 永遠の時間さくらんぼの一皿 蝉も木も記憶を持たず蝉しぐれ 夕蝉やものの漲る刻過ぎて 大楠に来てことごとく風死せり 草の名にくはしき老女夏休 みな短命信濃太郎の名を負へど 高層群浮くか沈むか灼くるなり ギヤマンの酒官僚に遠くをり 白木槿萬歳はもう叫ぶなよ       てり 雲と沼晩夏の照を交し合ふ 雁渡老いて筆絶つ人のこと
■ 鷹2003年8月号より 朴の木と共に暮して更衣 一笊に青梅満たし懈怠なし 有難く干梅に皺生れけり 砂ぶくろから声が出て羽抜鶏 横着にまくなぎを突つ切つて行く 考への行止りより黒揚羽 稚魚たちの鰭はねむらず夏の月 七月は打身切傷神仏 浄瑠璃に泣かされ阿波の蓮田風 眉浄くお鶴を語り夏衣 海鵜等に鳴門の渦は神の技 渦知らぬ麦藁蛸は海の底
■ 鷹2003年7月号より 田に沁みる水は急がず春の暮          さき 春の日や卒寿白寿と先長し 卒業の長身ひたに空港へ 黄も黄なりいたちはぜとも言ふからに まみどりの杉菜の浄土虫交む 日の射して筍の穴いぢらしき 昼花火空威張して終りけり 郭公も北上川もまだ暮れず 青鷺暮れて詩人等寄りて酒とくとく 遠野はも山藤うぐひ古厩 賢治の詩むささびの子も夜空翔く 近在の田植も済みてお晩です
■ 鷹2003年6月号より 息一縷白樺の花仰ぎけり 春の炉や寝鳥のこゑの一度きり 五月蒼し水切る魚のまなこさへ ぺたぺたと干潟を行けば伽羅百済 甥来たる亀は鳴くぞと言ふ用なり 三鬼忌や靴の尖もて芝突つく 春雷やふぐりに付きし怠け癖 ぺしやんこの紙風船の時間かな 関東は花粉に満ちて蟇のこゑ 目路の春一重瞼に変りなし わが眼もう老いず近くを蜂通る 安房を出しおまさに桜しべ降る日
■ 鷹2003年5月号より 涅槃図に顔寄せ俳句亡者かな 涅槃図の泣顔どれもこれも佳き もの譬ふ両手をひろげ春めく日 一籠に山繭古び雪解風 蝶蜂の高さの上を谷こだま 散る梅に今年のわれは南無阿弥陀 蟇鳴くとつられて亀の泳ぎけり 恋猫のふくろふ貌の難儀かな    かた 東京の方へ向ひて汐まねき    ゆ 街中に温泉を掘る話目借どき          ごしやうらく 豆飯の口もごもごと後生楽 あき 瞭らかに山息づきぬ蓮翹忌
■ 鷹2003年4月号より 大寒の一本の薔薇鳴りいづる 正月や賽のぞろ目をほくそ笑み 枯蓮と貘が目当や上野まで 鬼の死のこと伝はらず鬼やらひ どうやつて鬼になるかといふ春愁 昨日からうつつも夢もあたたかし 鈴の鳴る春は三橋敏雄かな 餅腹や大往生を父に謝す 凍靴に足突つ込んで父亡きなり     おやぢ 雪降るや親父の顔と死顔と 嚔して鼻●んで父亡き此の世   ●手偏に鼻 春の雲精進もせで父想ふ
■ 鷹2003年3月号より 居ることの妙なる女礼者かな 禿頭せちに洗へり去年今年     ひら 初富士の闢ける空の下にをり          けは 初夢の亡き母なぜに化粧ひせる 繭玉も二重に見えし晴子かな 田の神の暇やあそばす虎落笛    あした 水仙や明日の晩といふ期待 口皺に吸はれてしまひ寒蜆 会へば物呉るる漢は梟か 臘梅を老梅と書く花屋は駄目       しらず 句作りの文語不識や寒の梅 雪積る谷けものの眼さかなの眼
■ 鷹2003年2月号より 枯野道まつすぐに来て終りけり 枯山の谺となればやす寧からむ 夕景の森あり寒き距離と思ふ        つら 河口まで行く水辛し雪催 雪霏霏と片眼の視力寂しけれ 雪の森一鞭くへば我消えなむ どどどどと日暮来る音雪の谿 白樺は夜明の木なり雪やみぬ 太陽にをののきし色唐辛子 美少女の言葉に呆れ酉の市 天丼や暮も十日の馬喰町 年移りをり我の名はわれのもの
■ 鷹2003年1月号より 菊焚くや波郷のごとく袖袂 あめつちのくれなゐ消ゆる秋の暮 天体は言葉降らさず夜学生 木の霊に啖ひつきたる月夜茸     かうべ 時雨来て首濡れけり弱者めく 今を在る者が愛弟子冬木の芽 綿虫のこゑは水ともけむりとも 冬蝶と亦逢ふ何か起るらん なまなまと一枚ありぬ古暦     すさぶ 古暦人寰荒ぶばかりなり 朱鷺も殖え鶴も殖え国寒くあり 雪嶺の供華とし銀河懸かりけり

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up--2004.05.24


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