1990.06

鯨と鯢

轍 郁摩

明日なきを肝に銘じて狂ひたる電脳都市のクラキアケボノ

春のゆき 罪を罪とぞ認めざる祖国をもてる羚羊あはれ

数学の数に頼らぬ直感のニホンの初めカオスと呼べり

漆黒の孤独を植ゑしヴェランダに水やりわすれ藍にほひたつ

ベランダの土乾ききり吾妹子の蒔し鬼灯いな鳳仙花

花の夜のをのこに児あり悔恨の錆太刀ぬらす今宵新月

死なむとぞいくさなきとき戦恋ふ心の飢ゑは刃のごとし

紺青の衣まとへば凛々しきを枕並べて討ち死にもよし

逢はずとも逢ひたるひとのありぬれば一世のいのち歌おくりあふ

ことごとく「何故?」と問ひたる計算機データの意味を取り出しかねつ

世も末の花の乱れに酒を注ぎゆき過ぎつつも後世恐るる

鯨鯢の魚篇なる分類と銛打つことをやめし男等

転生は願はざれども相対のいのち掛けあふ乱世恋ひしき

在らぬ世の大教室の椅子堅し白きチョークが宇宙を説けり

笑ひあふ辞世ひとつの欲しけれど夢の続きは夢にて候


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Ikuma Wadachi