1990.08

魚族の鰓

轍 郁摩

ひとこそは永遠のなげきよ虎の尾の微風にゆるるあさきむらさき

錫融けて銅のはだへを流れ落ち過不足多き一世を生きむ

性も死もひとたび忘れゐたまへば夜毎にそだつ赤き隕石

美しき記憶少なく息せしを海底地図の干上がる大地

憎悪すべきことのみ多き浮世なれ陸(くが)より宙に魚族の進化

ある時の過去持つ吾れの眼前に魚族のえらは開かれゐたり

魂の傷付いてゐし午後なれど笑顔のヴィデオ撮られて老いつ

重力のきしみにたへる性愛は五千年後の釦のごとし

花と死と生き急ぎたるもののふの鎧は知らず楯なほ知らず

焚溺の死がわかつまで夫婦とて神母木(いげのき)坂に積もる薄雪


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Ikuma Wadachi