Contemporary Arts and Crafts

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Ikuma Wadachi

Update-- 2013.01.28 ---> 2019.09.24

彫金打ち出し技法について

日本現代工芸展に出品した七宝作品「麒麟瑞祥」において、 
銅板による彫金打ち出し技法により、麒麟の頭部パーツを  
制作しました。                     
金工技術の基礎的な技法ですが、参考のためにご紹介します。

なお、私の夢に現れた麒麟は、一角獣ではなく角が二本あり 
ましたので、そのままの姿を思い出して原画としました。  

参考:「高肉レリーフの技法について」29p-37p 帖佐美行 
    彫金・鍛金の技法(日本金工作家協会編)より   


memo-g222.gif 01.銅板の切り出し


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0.8mm厚の銅板から、糸鋸を利用して頭部の輪郭を切り抜きました。

「麒麟瑞祥」全体の銅板の大きさは、縦150cm、横80cm。かなり大きいので、これから糸鋸だけで切り抜くのも一苦労でした。

作業は、原画(大下図)をトレーシングペーパーに写し、カーボン紙で銅板に転写後、ケガキ線を入れ、油性の赤色マーカーペンで、再度切断線をはっきりさせてから、アサリ目の付いた糸鋸歯を付けて切っていきました。

赤色マーカーペンを入れるのは、ケガキ線だけでは、角度によって切断線が見えにくくなるのを防ぐためです。しかし、ミシン油を時々注すので、ペンあとが消えることもあります。

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memo-g222.gif 02.銅板の酸洗い


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堅い銅板を打ち出すために、焼き鈍しをして、柔軟性を持たせます。
銅板をガスコンロの上に置いて下から加熱しながら、上からガスバーナーで真っ赤になるまで加熱します。

銅板は熱伝導率が高く、一カ所が赤くなっても、その熱がすぐまわりへ逃げ、全体を均等に真っ赤にすることができませんが、真ん中から渦巻状に順番に、一度真っ赤になっていれば大丈夫です。

上の写真は、ガスバーナーで加熱後、水道水で急冷(酸化膜もかなり落ちます)して、そのまま希硫酸(10 - 15%くらい)に付けて不要な酸化膜を取り除いている状態です。本来は無色の希硫酸ですが、保存して何度も使っている希硫酸なので、銅イオンが溶け出し硫酸銅の青い色に変色しています。

真ん中の光は、ストロボの反射光です。2分くらいで、裏表反転させ、5分から10分、長くても30分くらい浸漬して、スポンジで水洗すれば酸化膜が取れ、赤い銅板の地肌が出てきます。
水洗浄では、真鍮の金属ブラシを使う場合もありますが、後の作業や表面の荒らし具合などを考えながら替えていきます。

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memo-g222.gif 03.銅板の針打ちと松ヤニ付け


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平面の銅板では、麒麟大下図の輪郭しかわかりません。

そこで、平たい合板の上に裏返して、裏からトレーシングペーパーをあて、目鼻や耳の輪郭がわかるように、針打ちをしていきます。

表から針打ちすると、完成後小さな窪みが気になる場合もあるので、今回は裏から、針のように尖った鏨(タガネ)で下図線の上を、2mmから10mm間隔で打って、印を付けていくわけです。

ただし、私は、針打ちには、針先をやや潰したタガネを使用しました。これは、強く打ち過ぎて、後から銅板に穴があくような失敗もあるので、あくまで目安になりやすい大きさと、作業のし易さからの選択でした。制作物の大きさや銅板の厚ささどにより、この加減は変わってきます。

叩いてもある程度の下図線が消えない検討を付けたところで、古雑誌や濡れ雑巾を下にしいて、軽く木鎚で裏面から叩いてふくらみを与えていきます。

最終的に、七宝平面に嵌め込むため、周辺部は伸ばさないよう注意しながら、完成形を想像しながら膨らませることが大切です。一度膨らませ過ぎると、後からなかなか思いどおりに縮めることができません。

上の写真は、松ヤニ台の上に温めた半分の松ヤニをぼた餅のように盛り上げておき、その一方で、銅板の裏に溶けた松ヤニを垂らし込み、ややかたまりかけた状態でひっくり返して、上から抑えて圧着させた様子です。

まだ松ヤニが温かく、銅板の上から鏨で叩くと、中空ではない反応があるくらいが作業のできる目安時間です。

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memo-g222.gif 04.銅板の松ヤニ付け


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銅板の裏面に松ヤニを垂らしこむ時は、気泡ができず接着力がよくなるよう、裏面にナタネ油塗って銅板を少し温めたりしておきます。

また、一度で作業は終わらないので、一番高くなるところから初め、銅板の裏全面に松ヤニが無いといけないと考えなくても大丈夫というのがコツだと思います。

私は、帖佐美行さんの「高肉レリーフの技法について」を読んで、溶かした松ヤニを厚い鉄板の上に垂らし、何枚もの松ヤニを重ねて使用する方法があるのだと知りました。

ちなみに、松ヤニは、市販の「地の粉:1.2kg」、「松脂:1.0kg」、「松煙/少々、着色用、無くても可」、「菜種油:60cc」を基準に、加熱しながら自作します。

外気温によっても松ヤニの粘度が変わるので、冬場はナタネ油を多く、夏場はナタネ油を少なくするなど、これは自分で作業しながら微調整していくしか納得の方法がありません。油も昔から菜種油が良いと言われますが、私は台所にあるサラダ油や古くなったオリーブオイルを使用することもあります。

上の写真は、03を違った角度から撮影したものです。

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memo-g222.gif 05.銅板のタガネ目付け


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松ヤニ台に付けた銅板の表面に、小さな鏨(タガネ)、主に坊主タガネや平タガネを使用して、タガネ目を付けていきます。

鏨(タガネ)で打つと、金属(銅板)が締まり堅くなるのと、タガネ目の効果で、光の拡散がおこり、オブジェに(ここでは麒麟)質感が得られるようになります。

帖佐美行さんは、裏面から打ったタガネ目を効果的に活かしたレリーフを多作されていました。しかし、私は井戸碩夫先生の鍛金に惹かれて金工制作を始めたためか、表面からナラシタガネで整えていくような、小さなタガネ目が現れた作風が好みです。

仕上げ工程では、銅板の上に金箔を貼りました。従って、よほど近付かないと、このタガネ目は見えないかもしれません。

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memo-g222.gif 06.麒麟の輪郭出し


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銅板の周辺部は、伸ばさないように、最後に軽く木鎚で仕上げるだけにしています。 銅板を切り抜いた時点で、白い画用紙に銅板の輪郭線を残しておき、時々、パーツの形が変形していないか確認しながら作業を進めます。

何度かの松ヤニ加熱、圧着作業を繰り返し、全体の8割りくらいの面積に、小さな坊主タガネ跡がついたら、銅板の表に、大下図にあった頭部の目や耳の描画線を、裏から針打ちした跡などを参考にエンピツで描きます。

再度、裏面に松ヤニを付け、寄せタガネでまわりから盛り上げるように強めに打って、必要な目鼻の輪郭出しを行なっていきます。あまり説明的に線を付けようとするのではなく、あくまで、盛り上げ部分を強調するために必要な陰影を付ける気持ちで、タガネの形状を替えながら、裏の松ヤニの温かさ、弾力を確かめながら作業を進めます。

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memo-g222.gif 07.麒麟の輪郭出しの拡大


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上の写真は、06の口髭のあたりの部分拡大です。

まだまだ作業の途中ですが、タガネ跡の違いが確認できると思います。タガネは、最初弱く、途中強く、最後弱くと、裏面の松ヤニの弾力、打ち応えに合わせて変化させながら打っていきます。

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memo-g222.gif 08.銅板打ち出しの最終場面


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寄せタガネの跡がやや説明的になってしまいました、しかし、今回はこれでほぼ彫金の打ち出し作業が終了です。

松ヤニから銅板を外すには、ガスバーナーで、真上から銅板を温めると、あっけないほど簡単に外れます。周りや表に付いた松ヤニが焦げ付くと取れにくくなるので、ボロ布で素早く拭き取ります。

裏面に付いた松ヤニも、作業板の上で反転させ、ガスバーナーであたためながら拭き取ります。それでも残った松ヤニは、ラッカーシンナーを付けたボロ布で拭き取れば、元の銅板だけの状態に戻ります。

打ち出しの最後に、平板台を使って周辺部を木鎚でならして、立体感を確認します。

その後、銅板を希硫酸に浸け酸化膜を落し、中性洗剤を付けたスポンジで水洗します。

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memo-g222.gif 09.金箔貼りと七宝への嵌め込み


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銅板を金色に輝かせるには色々な方法がありますが、金メッキをするのも準備が大変なので、カシュー漆を使って金箔を貼ります。

東大寺大仏のように、水銀を使った金アマルガム法なども昔は試してみましたが、水銀の取り扱いが危険なので、最近は各種の金箔を使って仕上げています。

金箔のあかし方は、日本画家の堀文子さんの描画法の本を読んで会得しました。ポマード油が臭いのが難点ですが、問題なくうまく使用できます。

金箔は、七宝作家の樋村允彦さんから、東京の「金座GINZA」を教えていただき、上京の折や郵送で購入しています。今回は、青金と純金を使用しました。

作業は、銅板に、テレピン油で希釈した透明のカシュー漆を塗り、すぐウエスで拭き取り、乾かぬうちに、あかした金箔を置き、あかし紙の上から布やティシュで抑えて圧着させていきます。
(拭き漆の技法:ウエスで拭き取っても、わずかに残った漆の接着力で大丈夫)

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memo-g222.gif 10.完成画面の拡大図


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七宝に嵌め込んだ彫金部分を拡大したのが上の写真です。

近付いて見れば、金箔の色の違いや彫金のタガネ目の跡を見ることができます。

彫金も七宝も、細密にすればもっともっと複雑なものができるのですが、完成サイズが大きいので、今回はかなり荒く仕上げています。細密に仕上げることばかりに集中して、技法で驚かせ、描こうとした作品の内容を感じてもらえなくなると残念なので、この兼ね合いは制作の度に自分で考えるしかありません。

技術的には未熟なものですが、彫金打ち出し技法や鑑賞の参考になればと考え、ご紹介させていただきました。新たな工芸制作では、また違った創作が加わるよう努力してまいります。


memo-g222.gif 完成作品「麒麟瑞祥」全体図へ

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