2005.05.05

光部美千代


Michiyo Kobe

インターネット佳句抄

轍 郁摩 抄出
2005年


●鷹4月号より

冬眠に眉月ひとつ飛来せり

大綿や堂々と言ふ世迷言

片方の目のうす氷剥がしけり  ※剥は正字に

逆光のほどなく春の吹雪かな


●鷹3月号より

音楽の授業のあとや冬ざるる

一飛翔のみをゆるして初御空

未使用の日をはじめよう冬青空

理由などなし全開の冬薔薇


●鷹2月号より

痕跡を消す初雪となりにけり

限りある雪かぎりなく憶ふ夜は

未知の恋あり一本の雪の木あり

寒濤の未完の音にねむり継ぐ


●鷹1月号より

爽やかに掴まれてゐる首根つこ ※手篇に國

これでいいのならこのまま蛇穴に

咆哮の冷まじき化石の歯



2004年 ●鷹12月号より 妻よりもさびしき鮎の落ちにけり 唐辛子発射の色となりにけり こころつらぬく一本の爽気かな 起こりては風のつまづく曼珠沙華 つひにわが匂ひを容れし芒原 ●鷹11月号より そんなひと居たかもしれず夕立来る 秋風のかたちに止まりオートバイ 死者生者ここに混みあふ初嵐 ●鷹10月号より 蚊の喰ひし赤き斑をもて挑発す 土砂降りを怺ふる空や立葵 国ありて兵士の吐きしガム灼けぬ ●鷹8・9月合併号より こちら側には眼の映りサングラス 伸びしものみな六月の沼に垂れ 羅にすでに遠ゆくこころあり 狂ひしにあらねど薔薇のサラダかな 確信の砂うごかせる蟻地獄 ●鷹7月号より 春昼の何始めたる音ならむ 天日のうら返るまで毛虫焼く 白牡丹夕日小さくなりにけり 山桜眉目峙つものを彫り 濤立つは海のうはつら涅槃像 ●鷹6月号より 太陽も川蜷も径あやまたず アネモネやかなしみの研ぐ頬の骨 忘れよう忘れまいふらここを漕ぐ 地を蹴つて上るシーソー鳥の恋 ●鷹5月号より 春の雁くろむらさきを黒といふ 悲歌一首雁帰るこゑ発しけり どうにかはなる春シヨール腰に巻き 春愁すつと立ちたるだけのこと ●鷹4月号より 真鍮は明治のにほひ雪催 冬落暉海の畢りにとどまりぬ 灯さぬ部屋雪のおびただしき薫り 傷濯ぎわが狼を呼ぶ夜かな 雪をんな電灯の紐あたらしき ●鷹3月号より 雪をんな鞐落してゆきにけり 牡丹雪ガアゼのやうに目を塞ぐ 氷上にぶちまけし水ひらきけり 寒雷や汝に右顔左顔 スクリユーの全貌見ゆる飛雪かな ●鷹2月号より 秋蝶のうしろを迅き水ゆけり 畳みたる傘の尖より秋の川 いつさいに背を向けてさす寒紅は ●鷹1月号より ナイフとフォーク先端ふれず稲光 十六夜の男の影を踏みにけり 月明の鳥籠を買ふ異国かな 耿耿と夜の鳥たつ野分あと また違ふ雨の降りだす真葛原
2003年 ●鷹12月号より 踊り来し方あたらしき闇のあり 雨あとの地にしぶきたる萩の花 秋風の吹分けし額きれいなり 開きぐせつきたる手帳秋暑し ●鷹11月号より わが書簡炎天の矢として放つ 向日葵が向日葵を見下ろしてをり 風となり風鈴売を尾行せる 遠ゆける蛇の立てたる草の音 ●鷹10月号より 星祭くちびるの肉減りにけり 青あらし探せば言葉失へる 夕星やつめたき夏の靴濯ぐ 夜涼なり棒のやうなる音を乞ふ ●鷹9月号より 調弦のおもひおもひに夏夕 白日傘こころを芯に回しけり 隣る世の音もまじりて滝落つる 蝶に風花婿のまなざしに風 ●鷹8月号より 立夏なり近江にとどく海の魚 鳥墜ちぬ麦の擦れ合ふ音の中 老犬を庇ふ老人薔薇の径 ●鷹7月号より 万愚節花粉鱗粉べたべたす ちるさくら風の表を一過せり 面打師まなうらに面陽炎へる 抱卵期雨はこずゑに弾けつつ 蛙の夜知らぬ言葉を投げ合はむ ●鷹6月号より 包丁にたしかに映る桜鯛 活かしおく浅蜊の水に塩一打 風紋は風の死処や鳥雲に ●鷹5月号より 蓬籠しんと雨来るにほひかな 居直りの首ほつそりと絵踏かな 真乙女は馬刀貝をひきずり出せり あたたかしおのれおもふにうすら馬鹿 ●鷹4月号より いづこにも還らぬものに風花も 冬麗のはばたく鳥を連写せり 置き処なき羽子板だんだんに厚し 卓上の手袋のゆび夢零す ●鷹3月号より 凍蝶と翅交しゐる時間かな 夕空は酸つぱし花甘藍ゆでる 雪をんな櫛の尖りをつかひけり 水中に泡のとぼしき竜の玉 目潰しの雪止みて門あらはるる ●鷹2月号より 和蘭陀の飛び出す絵本雪降れり 寒雷に砕かるるもの何もなし なんだつてこんなに朱い雪来る天 ●鷹1月号より 天高し鶏を蹴散らす仕事して 水差の水減る雁のわたる夜は レモン薄切り良き事は褒めるべし ひろびろとゐて稲妻をわたくしす
2002年 ●鷹12月号より われ生きてかの墓原の桃腐つ 二百十日釦にかたき釦穴 藁塚日和国家のことはひとまかせ 直下より海霧湧くラストシーンかな 菊日和正しき夫婦あるならむ ●鷹11月号より 日焼して講義のうしろ占めてをり 死に余りたりかなぶんのうしろ羽 敵ばかり増ゆ白靴を汚すなく 流星や人魚は青き爪をもつ ●鷹10月号より 蛇交る徹頭徹尾相似形 指捻るのみに金魚の餌のをはる ※※(まくなぎ)の端に掠れし声こぼす ががんぼはががんぼの音たつるのみ ●鷹9月号より 倚りかかる石のつめたき蛍狩 蛍火を熾火とおもふ息吹きかけ 舞台暗転火取蛾の火をのこし 炎天の零にはじまるホイツスル 日射病空一枚が墜ちてくる ●鷹8月号より 太き管より鮎苗のどどどどと 死魚すでに狙ふ鳥なし青嵐 優曇華や完結のなき恋の果 桐の花淡海は雲のただよへる ●鷹7月号より あをあをと未婚の乳房春の雷 亡き星の光さしこむ蝸牛 穴出づる蛇身と還り来るこの世 おほかたはしづかに生きて闘魚かな うつくしき玻璃に金魚の全滅す ●鷹6月号より 春疾風羽あるものはこころざす 夜桜や鏡持たざる鳥けもの 涅槃の日海荒れて海しづかなる ●鷹5月号より 禊川まで雪踏みし道縷々と 息こめて笛高鳴れり雪解光 紅椿大きな貌の鳥来る 桃咲いて匱いつぱいのひよこかな ●鷹4月号より 石蕗咲いて耳鳴ほどの痴れ心 金環の日に充ちて蛇冬眠す 一升瓶より注ぎくれし寒の水 ●鷹3月号より 雪原に月光の気化はじまりぬ 撥ねもどる一枝の上げし雪煙 寒禽の銜へしものの翅うごく 三角は気儘なかたちクリスマス ●鷹2月号より 閉ぢてなほ瞼つらぬく秋日かな 初猟や風にたわめる水溜 猟犬に猟銃に宙かぎりなし 鰤起し鏡に剛き眼のゆきかふ 颯と翅つかひて颯と蝶凍つる ●鷹1月号より 稲妻のたび水際を近くせり 岩肌に貝はりつける稲光 色鳥の啄みこぼすものきはやか 軍手より松脂の香や初嵐
2001年 ●鷹12月号より 冬瓜にやはらかき刃を入れにけり 掘り出して木の根匂へり雁渡 烏瓜寵愛のとき過ぎたるも 都会かなし運河をながれ秋扇 ●鷹11月号より 針山に針の頭泛かぶ原爆忌 炎昼の動く歩道に囚はれぬ 滝音にぶつかりにゆく獣みち 孔雀歯朶過去より未来ほのぐらし ●鷹10月号より 午後はじまる貝風鈴の音乾き 祭の夜其処にやつぱり猫の居る 白地着て暴走の徒を返上す 噴水のぎらつく街に戻り来し ●鷹9月号より 虹の中奔るみどりや少し祈る 沙羅咲いて闘志音なき弓道部 矢を放つ青水無月の影ひとつ 日盛を来て貌のなきキリコの絵 有象無象詰めこむやうに水着きる ●鷹8月号より 虹立ちて蛇の寝御座を濡らしけり ひるがへす己の主張ハンモツク 海光の柱に依りぬ能登上布 ●鷹7月号より 家ありて家出で歩く桜の夜 口中に鬼歯一本夕桜 しだれざくら見上ぐる唇をうすくあけ はるかなる世の陰謀や藤の花 ●鷹6月号より 雛納吾に美しき刻のこる 俎板ににじむみどりや猫の恋 ふぶきつつ桜の家を出で歩く 春寒や音のひしめくオルゴール ●鷹5月号より 尊厳死雪蛍わが掌にとまらず 夕闇は冬のすみれのすみれ色 水仙剪る忘れられたるごとく我 哭くものは哭け横たはる涅槃像 ●鷹4月号より 暮天あり飛雪ののちの樺林 凍星の音をたたみし孔雀かな 小銭入れ海鼠のおもさ海鼠買ふ ●鷹3月号より にんげんの声に影なし風花す 四五人に湯の沸く音や冬薔薇 また同じ場所にもの置く去年今年 雪の夜の枕上より風かすか ●鷹2月号より 大南瓜全部煮て気のすむ日かな 指浸けて指ふつと消ゆ冬泉 九頭竜の煙雨はじまる猟期かな 小春日のまなこに羽虫あふるるよ 雪片のめぐれる天や夜業果つ ●鷹1月号より 色なき風ヴイオロンの傷拭ふたび 病む胸を崖と見たりし曼珠沙華 突風に色あらばかの秋の蝶
2000年 ●鷹12月号より 蜩や門の内なるみそかごと 鳩吹やすこしは君もさびしいか 二度言へば言葉吹かるる秋の風 解きし帯にもこほろぎのしばし来る ●鷹11月号より 黒人の白きてのひら泳ぎ着く 白桃は地球の水の重さかな こすもすのうたかた咲きのはじまりぬ 稲妻の谷より来たり塗師ひとり ●鷹10月号より 包丁の水切つて暑に対しけり 虫殺すかるき快楽や水中花 日盛や市電の駅は道の上 ●鷹9月号より 昼顔咲く来てほしくなくても行くよ 熱帯魚ひるがへる色どれかが嘘 何ものも響かざる夜の守宮かな ひと揺れに恋の蛍となりにけり むなもとに涼しき弓矢ハープ弾く ●鷹8月号より 蝙蝠や楼閣天に崩えはじむ 眼光の白炎天に滅ぶまで 太陽黒点萍は片寄りぬ 海蛇を射るため海の流星は 疾走は鼓動に終り草いきれ ●鷹7月号より 純白は嶮しきひかり鶴帰る 荒東風やレーサーすでに貌鎧ふ 背にありて髪のしづもるさくらの夜 もくれんのつばさはづれし月夜かな ●鷹6月号より 春雷や草の根は毒蓄ふる 朧夜の一鱗として出奔す たんぽぽやエプロンも我もすぐ乾く ●鷹5月号より 毛糸編む耳を占めたる砂の音 春の雪午後きらきらとなりしのみ 探梅や手話はきはきと美青年 ●鷹4月号より いつまでも美女いつの夜か雪をんな 身ほとりの音吹き消して冬の蝶 ●鷹3月号より 冬の雲形変へてはゐるのだが 忘れゐし深爪しくと牡丹雪 マフラして恋に毀れし女かな たかばうき倒れし音や鎌いたち ●鷹2月号より こほろぎのよく跳ねる夜や死者に窓 肋軋ませ冬銀河流れ出す 逝くひとの泪拭かなむ冬雲雀 ●鷹1月号より 考へよ金鎖一連冷ゆるまで 星飛ぶや轟々とゆく深夜便 人を呼ぶこゑ忘じけり鹿を呼ぶ 鹿立てりまぼろし我を漲らす
1999年 ●鷹12月号より 月光を浴び相寄れる鹿と鹿 脳天のきいんと晴るる藪からし 集中豪雨秋暑一掃したりけり ●鷹11月号より 重力に手足なまくら日焼妻 向日葵の首折るのみの悋気とは 癒えざるか癒えよ玉解く芭蕉あり 海は好き煙草の花もなんとなく ●鷹10月号より 椅子の背にヴィオラ立てかけ蛍の夜 照らし合ふたび蛍火の痩せゆける 雲割つて来し帆船や蝉しぐれ 短夜のすぐに使はれエキストラ 金銀の水にあそべり熱帯魚 ●鷹9月号より 緑陰に入るや核心へと一歩 黒麦酒夜間飛行のまたたけり 佳きかほを梅雨の鏡に見せてから 青嵐文鳥を掌に死なしめき ●鷹8月号より 口紅は唇をゆびさし雲の峰 またの名をまりあ昼寝のおばあ様 物置の裸電球祭来ぬ ●鷹7月号より 三鬼の忌文学青年死滅せり 寝腐に鳥引きし空ありにけり 雪形の翼するどし新樹の夜 ●鷹6月号より 白山のさらなる白へ凧 水仙は厠花かも昔から 囀やす焼卵破れさう 青春は絶望のこし野火走る ●鷹5月号より 種選たれにも当てにされてゐず 吊りて売る薬缶ぶつかり黄砂かな ふたつとは無きものだから蛤は ●鷹4月号より 寒波来ぬ抜くに力の木綿針 冬帝の生贄として肚すわる 手毬麩に箸の遊びや春の雷 ●鷹3月号より 祖晒すごと山峡の干蒲団 橋ありて電線ありて年歩む 臘梅をつまんでみたる舞妓かな 山にまだ星の香のこる初荷かな ●鷹2月号より 湯豆腐や男に遣りし泪なし 遮那王に捧ぐる鮭を打ちにけり 僧正ケ谷のかの夜の月夜茸 ●鷹1月号より 喉冷えてわが月の宴終りけり 柿点るころの天狗の隠れ蓑 ぶた草もゑのころ草もにぎはへる
1998年 ●鷹12月号より 悶々と書き付けしもの紙魚やしなふ 十六夜や割れてガラスは光産む ざつくりと崖に刈り捨て曼珠沙華 水底のすべて見ゆる日鳥渡る ●鷹11月号より 虹のあと岩峰濡れてゐるばかり 紙魚うすきいのちをモーツアルトの譜 絵の中につづく抱擁桐一葉 ●鷹10月号より 漆黒の海を見てゐる裸かな 帰省子の半分隠すチエロケース 萍のぞろぞろ地球温暖化 ●鷹9月号より 青蚊帳も革命の世も知らざりし 河骨に近づく懈き一歩なり 市振の日照雨に日傘ひらきたる あはよくば花橘にかくれたし ●鷹8月号より おいそれと麦こがしなど食ふものか 桜の実てのひらあつき人信ず 大学に挨拶はなし青嵐 薔薇といふ薔薇自堕落に雨の中 難曲の譜面まつくろ夏来る ●鷹7月号より 西陣へ糸運ばるるさくらかな 駄馬の肢太きを愛し卒業す かなしみに曲角なし青き踏む 西洋の神愛されてヒヤシンス ●鷹6月号より 雛の間の空気一日汚れざる 流氷のしづかに減りぬ変声期 淡雪や加賀に卸せる京のもの 中央に漠とありける涅槃像 白魚を啜れり誰も彼も淡し ●鷹5月号より 七草のひとつ欠いたることくどくど 廓にもおにしおひがし寒雀 厚氷哲学の書は買ひしのみ ごとごとと生簀の貝や涅槃の日 ●鷹4月号より 冬苺一書の恋とわが恋と 天涯に雲溜まりをり孕鹿 たれか来てうしろに坐る風邪心地 白山に倦みし女神や田螺生る

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