2010.07.22

野本 京


Kyo Nomoto

インターネット佳句抄

轍 郁摩 抄出
2005年


●鷹4月号より

美しき冬木の見えて裁判所

モナリザのやうなわらひや冬菫


●鷹3月号より

手袋は脱げ鉄棒をつかむ手は

鴨のこる池もわれらも汚れけり


●鷹2月号より

水引の色濃くなりぬへんろ道

木の実落つはたとひとりになつてゐし


●鷹1月号より

渡鳥まぶしくわれを過ぎしかな

梨ひとつあげたき歩き遍路かな



2004年 ●鷹12月号より 爽かや湧きては消ゆるしじみ蝶 傘をさすほどの日はなし法師蝉 ●鷹11月号より 踊唄波打際にとどきけり 台風過小学校の見えにけり ●鷹10月号より しらじらと芝生に生えて梅雨菌 くちなしも木槿も汚れたる朝よ ●鷹8・9月合併号より 青泉誰も待たせてをらねども 神経にさはる蛍の飛びにけり ●鷹7月号より 春の昼葉つぱの形ばかり見て 鍵盤に指の細さよ暮の春 さびしきかたつぷり食べし桜餠 ●鷹6月号より はくれんやをんなを捨ててゐはせぬか 蓬摘む何かうたがひつつ摘みぬ 首根つこ痒し彼岸の風吹けば ●鷹5月号より 鴨の子のつられ飛びなり春の水 ふきのたうついて歩けば気のすめり 来たといふそれだけのこと春の山 ●鷹4月号より ぶつかつて鳶は交みぬ冬芒 太々とすずなすずしろ畑にあり ●鷹3月号より 勇気出づ革ジャンパーの匂ひなり 冬萌や触れて木のこゑあるごとし ●鷹2月号より 露光る角度に一歩返しけり 杜鵑草壺のゆがみの生きにけり ●鷹1月号より 蓑虫の蓑の中にも夜来たり 野菊活け野菊のやうなこころもち
2003年 ●鷹12月号より 遠泳の頭ひとつを見てをりぬ 松原の松の傾き秋の蝶 爽やかや松毬落つる音ひとつ 鶏頭花なみだうながす瞬きに ●鷹11月号より まつすぐに降りて蠅虎黒し 水飲みに立ちたるのみの夜の秋 ●鷹10月号より 夏わらび馬柵に干したる鞍照りぬ 妙齢の素手もて馬を洗ひけり 蜩やわれにひらけし馬場の空 ●鷹9月号より ひとつぶの実梅にほへり豊かなる わが肩へわが転生の夏の蝶 ●鷹8月号より 乗馬服涼しく鞭をつかひけり 睡蓮の雨にかかはりなきひかり ●鷹7月号より ゆく春の昼をねむりて吾を愛す わが踏めば道はありけり苜蓿 椿坂見事に荒れてゐたりけり ●鷹6月号より 春浅し木の花ばかり活けにけり 野遊の花食ふことにをはりけり 這ふやうな視線を浴びぬ甘茶仏 ●鷹5月号より じわじわとわが身は冷えて鳥の恋 うら若きあをぞらありぬ百千鳥 一畝の豆植うるべく鍬浸けぬ ●鷹4月号より 辛抱の身につく頃か根白草 ぼんやりと生きてしあはせ松納 きつぱりと紅梅ひらきたる発意 ●鷹3月号より 歳晩の菜食の皿洗ひけり 口中の祈りの長し初昔 ●鷹2月号より 粗食にて梟を聴く夜なりけり 冬麗の鳶の集まる気流かな いきいきと土竜の土や耳袋 ●鷹1月号より あかつきの露くるぶしに触れにけり ほんたうは雲は何色秋の暮 安閑とをれば■■(ばつた)の跳びにけり
2002年 ●鷹12月号より 水揚に大物なくて秋の風 鬼灯のなかの混沌揉みにけり 秋風の渡舟にありし五分かな ●鷹11月号より 洗ひ髪眼にちから出でにけり 目鼻なき案山子は淋し真向へり ●鷹10月号より あえかなる翳の吹かれぬ蛇の衣 日月や水面にとどく夏柳 ●鷹9月号より いつまでも吹かれてゐたし今年竹 昼寝覚金平糖のある孤独 荒鵜見し夜や号泣となりにけり ●鷹8月号より つばめの巣あをぞら見えてゐたらずや てのひらの風を送りぬしじみ蝶 一畝をつくりしのみや揚雲雀 ●鷹7月号より 春一番ホルモン注射打たれけり 吾を放つべき深空あり桐の花 蓬食べすなほにねむくなるからだ ねんごろに砥石つかへり暮の春 ●鷹6月号より 晩のかほつくつてをりぬ養花天 電線のたわみや妙に涅槃西風 ●鷹5月号より 猫の恋わが恋ふひとを起すなよ 髪の根の恋の記憶や東風吹けり ●鷹4月号より をらぬ人想へば海鼠うごきけり 自動ドア開くたびまはる飾りかな ●鷹3月号より 音消せばかぶさる夜や古暦 古傷のかくもやさしきまゆみの実 ●鷹2月号より 笹鳴や月にゆふべの色早し 未来よりきたる冬波かも知れず ●鷹1月号より 夜寒さの鏡の部屋を出でにけり 森あればへんろ道あり秋しぐれ
2001年 ●鷹12月号より 蝉の穴十まで数へ放心す 鶏頭の種を採りたる渇きあり 色鳥や研師来てゐる漁師町 ●鷹11月号より 百合花粉つきたる腕かなしめり 妄想の青黴美しき夜なりけり ●鷹10月号より 仏壇のバナナの熟るる匂ひなり 章魚揉みて力の弾みつきにけり 七月や象のにほひのやうな雨 ●鷹9月号より 五月来ぬ五十の髪を切りにけり 香水の完璧なれば近寄らず ●鷹8月号より ゆふざくらもの食ふための友ありぬ ばら園の薔薇に倦みたる頭かな 半分は黄泉へかたむく涼み舟 ●鷹7月号より くるぶしに白砂粒なす松の花 野心あり桜毛虫をつぶす刻 母のためつかふ時間や柿若葉 ●鷹6月号より 毛糸編むわが青春の楽鳴らし 寝墓には寝かせてありし黄水仙 山桜ふるさとへ橋いくつ越ゆ ●鷹5月号より 泊らむか梟の鳴く森なりき 矮鶏三十息づく中や着ぶくれて ●鷹4月号より 夢想癖啻に大根おろしけり 羊歯山や巌も垂水も春めきぬ 歯を抜いてふくろふの鳴く夜なりけり ●鷹3月号より 色鳥や繭色なせるしつけ糸 ストーヴに酔へり讃美歌うたひけり ●鷹2月号より 冬麗の水が最も旨きかな かりがねや心しづめむ石握る ビニールの音うるさしよ沼涸るる ●鷹1月号より 転生の蝶の増えたるひつぢ田よ われにまだ騒ぐ血のあり秋の蛇
2000年 ●鷹12月号より 雲の秋死を待つ人に窓あけて 稲びかり身をまはしつつ帯解きぬ ●鷹11月号より 子規おもふ眼あそべば蝉の穴 考への虹の頂まで行けず 緑蔭に入りて男を怖れけり ●鷹10月号より 罌粟咲けり泪は急にあふるるよ わが裸鏡にありぬ祭笛 白日傘男を入れてやりにけり ●鷹9月号より 茄子の花汝が絶望の何ならむ うごくもの潰せり黴の夜なりけり 頭痛薬効きたる小千谷縮かな ●鷹8月号より けふは山高く見ゆる日松の花 あしゆびを洗ふ孤愁や多佳子の忌 遊ぶ日のつづき卯の花腐しかな ●鷹7月号より 春の夜のはなし急所ははづしおく もの食へばことしの桜散りにけり しづかなる横顔ありぬ散るさくら ●鷹6月号より 盆梅の盛りすぎたり昼の酒 夢つかむ片手空けあり霾晦 有耶無耶の話馬刀貝焼きにけり ●鷹5月号より 一閃の空気凍鶴糞りにけり 花虻の尻の無防備めでたけれ うぐひすや膝に乾ける何の泥 春の鴨見てゐるわれのただよへり ●鷹4月号より ちやんちやんこ孤独地獄の夜に入る 初夢の最後にわれののこりしよ いかのぼり出奔の日の風鳴りぬ 炭をつぐ愛をはぐくむやうにつぐ ●鷹3月号より 凩やかがめば見ゆるものありぬ 一念の湧くまでをりぬ枯蓮 ●鷹2月号より さびしさに打つ手なかりし烏瓜 菊の虻菊の湿りをはなれざり われを呼ぶクラクシヨンなり寒昂 ●鷹1月号より 烏瓜吾をかがやかす恋をして 声明の眠たし風のねこじやらし 同じもの食うて修せし獺祭忌
1999年 ●鷹12月号より ひぐらしに十年弾かぬピアノかな 引きなほす口紅真紅夜学の灯 思ふこと何も変はらず秋の暮 ●鷹11月号より 糸瓜棚見るための椅子置かんかな 香水や守るべきもの何ならむ ●鷹10月号より 夢の世や白地の衿をかき合はす 父恋し夕立のきほひ欲りにけり 蝉のこゑ果報のごとくふりかぶる ●鷹9月号より 蟻地獄先入観とたたかへり もの書けば北の青嶺の見ゆるなり ●鷹8月号より 見てをりぬ蠅虎の跳ぶ範囲 たんぽぽの絮や辛酸ありしころ もの思ふ歩みとなりぬ青葉闇 ●鷹7月号より 亡きあとに生きてしあれば花疲 巣立鳥地下水脈の滾々と 蝶の舌みささぎの水吸ひにけり 聞香のはたして伽羅や暮の春 ●鷹6月号より 老のもの干す目出たさよ花辛夷 春愁や小指入れたる耳の虚 菜食の夜の朧となりにけり ぐつぐつとたやすきなみだ霾晦 蝶荒しこの断崖をわれも発つ 二楽章始まるごとし春のくれ ●鷹5月号より 鶏合銀のパイプをくゆらせる 亀鳴くや家を捨てざる男たち ●鷹4月号より 寒林やこころゆるびのうすなみだ 綿虫や何に遊びしわが昔 跳炭や爆ぜたき炭をさそひつつ 禅語ふと大根サラダ噛みにけり ●鷹3月号より 魚の夢きりんの夢や牡丹雪 木枯や玻璃一枚の夜のかなた ●鷹2月号より 朱欒置く新しき夜となりにけり 笑うても眦さみし菊根分 タンゴ鳴りまなうらに散る冬さうび ●鷹1月号より 忌日なり泡立草の高くあり 秋の暮磔刑のごと鍬担ふ
1998年 ●鷹12月号より 花火の夜殺むるほどは愛すまじ くらがりに人待つならひ踊唄 ゆゑもなし百まで数ふ秋の暮 ●鷹11月号より 夢いつも叫びてをはる扇風機 木の瘤の出すこゑあらむ盆の月 葭簾頼みの山の見えざるよ 蟻つぶす匂ひに顕ちし某記憶 ●鷹10月号より 冷し瓜父を悼みて母がりに 父の墓片蔭あればよしとせり ●鷹9月号より 死がありぬ紫蘭を叩く雨の粒 喪ごころのなまなまと蛇泳ぐなり ●鷹8月号より 汝が骨を拾ふ箸なりほととぎす 眠れねば眠らず春を逝かせけり ●鷹7月号より 蛭泳ぐ僧を恋ひつつ行きければ 春深し仏壇入りし家なりき ●鷹6月号より 父恋の灯絶やさず春の雷 南無南無と歩いてをれば芹の水 牛鳴けり三味線草はそよがざり ●鷹5月号より 湯が煮えて梟の鳴く夜なりけり 父にまだ言葉ありけり菠薐草 暖かし父にわが名を呼ばせたし ●鷹4月号より 注連作仕上げの霧を吹きにけり 煮ゆるものありて安けし寒の入 愛すべき人を愛せり冬の草

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野 本   京


Kyo Nomoto

インターネット俳句抄

轍 郁摩 抄出 抄出
旧作より、こころに残る作品を紹介

1984年(S.59)
第12回 鷹新人賞作品より

くれなゐの蟹追ひつめてかなしめり

愛憎や熟柿押したる指の先

烏瓜人殺めては目覚めけり

死にざまをさがしてゐたり臭木の実

白鳥の首を猥らとそしりけり

流氷のとどまりたるはかの嗚咽

冬の沼心の鱗はがれざり

草の絮指に纏はる別れかな

わが墓標松露踏むたび近くなる

鯉幟をとこの市の立つごとし

白木蓮や別るる時をはかりあふ

父と聞く蜻蛉のつるむ羽音かな


(1991刊)
■句集「わたしがゐてもゐなくても」より

泣きにゆく裏の竹薮伐られたり

椿の実割れて知りたる殺意かな

霾りて墓標のごとく忘らるる

しぐるるや肉食したる蒼生忌

恋敵それは上手にレモン切る

更衣亡き人ほどの男ゐず

ひとことに男を殺しさみだるる

どつちみち生き恥さらす海鼠かな

尋めゆけり黒花咲かすものの種

かひやぐら蛤はいま睦みゐる

散るさくらわたしがゐてもゐなくても

降る雪に顔打たせけり最上川


鷹新人賞「受賞のことば」より抜粋  何事によらず、続けるということは、実にエネルギーを要す るものだと、この頃よく思う。自分の足で歩いて、物に出会い、 人に出会うことで活路を見いだしてゆくしかないようにも思う。


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