2001.03.15

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journal・不連続日誌・journal


「虚子俳話」のようにはいかないが・・・


ball-gs2.gif 2001.03.15(Thu)

4月1日紙面が変わる
記事簡潔化とともに、数字表記は洋数字を原則として、データを読み取りやすくします。


■『朝日新聞』2001年3月15日、日刊第1面/朝日新聞社

新聞広報によると、「洋数字化」と「1段12字から11字」が大きな変更点。高齢化にも配慮したとのこと。

最近はほとんどの記者がノートブック型パソコンを愛用し、横書のはずだから、洋数字から漢数字への変換誤差を減らそうとしたものだろうか。横書俳句が生まれる時代だから、いずれは新聞も横書表記になってしまうことだろう。

デジタル新聞が普及することを考えても、もはや横書表記は避けられないところまで来てしまったようだ。その端緒がまず数字からということなのであろう。言葉も表記も一足飛びには新しくはならない。まだまだ反対者がいるから、そのうちに、じわじわと、そんな訳でもなかろうが、「データ」と「情報」の違いだけは肝に銘じていて欲しいものである。

俳句作品20句を揃えるために、60句句会を呼びかけたが、さて土曜日、何人来てくれるだろうか。深夜まで書いていると、創作の波のようなものがあるのがよくわかる。正木ゆう子の著作後書を読んで、時間と空間の概念を越えたようなものの存在に意識を遊ばせ、寄り道ばかりして楽しんでいる。

ball-gs2.gif 2001.03.14(Wen)

しかし実際には身丈に合った言葉でなくては一句のなかで機能しないのだ。起きて、立って、服を着ること。言葉を記すとはそういう行為である。
                           正木ゆう子


■『起きて、立って、服を着ること』/深夜叢書社

「身丈にあった言葉」を手に入れるのは難しい。手に入れたつもりになっていても、笊から水が抜けるように、記憶の中に留まってはいない。所詮、花やモノを見たと思っても、視たのではなく、ぼんやりとしか見ていなかったことに気付いても後の祭である。

デッサンとは実は描くことではなく、視ることなのだ。紙も木炭も鉛筆もいらない。視て、観察して、その形と内包するモノを記憶の中に留めてしまえるならば、まったく描く必要もない。しかし、あいまいに記憶し、記憶場所を忘れてしまう、いや、記憶したつもりになって見失ってしまうから描き留めるだけに過ぎないのである。

そして、そんなことは充分すぎるほど知識として知っているのに、いつまでたっても視て掴み取れないのはどうしたことだろう。視て感じる気持ちが希薄だからだろうか。いつもその言葉を体験した実感が持てなくて、悩んでばかりいる。

正木ゆう子の大きな瞳に見つめられると、きっとドキドキしてしまうだろう。このドキドキを体験にして、言葉に記すためには、記憶に強く働く魔法の薬が不可欠なのかもしれない。いったい、何時になったらそんな薬が手に入ることやら。これだけは、誰の手も借りられないものらしい。

少し暖かさが戻って来た。外を薄着で出歩くにはまだ寒いが、道ばたの草の青みが強くなってきたようだ。これもあいまいな記憶である。


ball-gs2.gif 2001.03.13(Tue)

オトギ話を読んで私も幼い頃 翼がはえて空を飛んでみたいと本当に考えました。
                           安藤健太郎


ピーターパンや妖精メーテルリンクに始まって、お伽話の中では主人公たちがいとも簡単に空を飛んでしまう。そして誰もが、空を飛びたい、翼を持って自由に飛びまわりたいと一度ならず思ったことだろう。

幼い頃、あんなに自由に空を飛べる夢があったのに、人はいつから動力に頼らなければ空は飛べないと思うようになったのだろう。鳥や昆虫のように、翼や羽根を持ち、自由に空を飛びまわること、重力から開放されることを願うのは幼い頃の夢だけに終わっていいのだろうか。

手の届かないものを諦め、夢を失うだけでなく、夢見ない人生、夢少ない生活で満足していて本当にいいのだろうか。それよりも、果たして自分の夢はまだ残っているのだろうか・・・

送別会の流れで始めて訪れた高知市内の一軒のスナック「翼」の壁にかけてあった色紙に目が止まった。いつものように返杯につぐ返杯で、ずいぶん日本酒を飲んだ後にもかかわらず、チャンスの神様が目の前から消え去らない内にと思って書きとめた。神が見えたのは酒を飲み過ぎたためばかりではないと考えている。

ball-gs2.gif 2001.03.12(Mon)

一つの流れは、言語を事物の上にただよう雲のような、というよりこの上なく細かい塵のような、いや、というより一つの磁場のような、重さのない元素にしようとする流れである。
                      イタロ・カルヴィーノ


■『愛の見切り発車』/柴田元幸/新潮文庫

カルヴィーノの果たせなかった講議ノート『来るべき千年のための六つのメモ』から文学において競い合う二つの流れについて、柴田元幸が翻訳、紹介した部分を引用させていただいた。

勿論、この「軽さ」に対立するのは「重さ」である。つまり、物や肉体や具体性といったことを示すのであろう。私は短歌を作るときは軽さを、そして俳句を作るときは重さを求めていたように思うが、頭でいくら理解できても、それは知識でしかなく、短歌や俳句が簡単に啓示されるものでないことを痛感している。

対立する二つのものがほどよく溶け合った作品となると至難の技、いや技ではなくものなのである。理想だけを求めると、地平は遥か彼方に遠ざかってしまう。だから俳句も短歌もおもしろい。

i-modeで読める「般若心経」のページを作ってみようと考えた。いちいちメモを持って出かけなくても、携帯電話ひとつで対応できるように。すでにあるだろうが、自分のメモ代わりに結構楽しめそうだ。隠れキリシタンと言われる私が、そんなページを作っていいものだろうか。もう、作ってしまったけれど。

・言葉の世界
http://www.alles.or.jp/~wadachi/i/index-02.html

ball-gs2.gif 2001.03.11(Sun)

羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶 般若心経
ぎゃてい ぎゃてい ぱらぎゃてい ぱらそうぎゃてい ぼうじそわか はんにゃしんぎょう


■『摩訶般若波羅蜜多心経』

金曜の夜、聖書を読んでいて、「般若心経を読んでいるかのような錯覚に陥ってしまうところであった」と書いてあったのは、どうも縁のようである。

以前から、テレビ放送された日本画家・平山郁夫の「大唐西域壁画」のある奈良へ行きたいと思っていたのだが、全日空の機内誌にも今年、12月末日までの期間限定と書いてあったので、見逃さないためにやはり奈良に向うことにした。

不信心な私は、壁画が薬師寺に描かれていることは知っていても、それを仏教の対象ではなく、完全に芸術的な面でしか鑑賞しようとしていなかったのだか、タクシーで門前に着いたとたん、そこから先は仏教空間、やはり宗教とのかかわりを抜きにしては語れない空間であることを思い出してしまった。美術館やデパートの企画展で見るそれとは、やはり違った性格を壁画が持つことを感じてしまったのである。

玄奘三蔵院伽藍の壁画を見る前に、30分ほど壁画の説明があるというので、折角の機会と思って大広間で待っていると、伽藍主任の壮年の僧が話しはじめ、前半は壁画のできるまで、後半は薬師寺と写経についての話で、前座の落語を聞くような気持ちにさせてもらった。

その木戸銭代わりと考え、2000円の「般若心経」用紙を購入、いや、寄進と呼ぶべきか。つまり家に持ち帰り、臨書ならず下敷きで写経し郵便で返送とのシステムとのことであった。字は印刷書体で味もそっけもないもの、しかし、彼岸へ渡る呪文が書かれていることには変わりがない。

チベット語の音読「般若心経」のCDを持っているが、「はらぎゃてい」よりは「ぱ〜らぎゃてい」と聞こえる。

平山郁夫の壁画が指し示す、三枚のヒマラヤの絵では、右の雲の描写にこころひかれたが、中央の絵の雪嶺を越えた空の彼方が描きたかったのではなかろうか。

・法相宗大本山薬師寺 玄奘三蔵院伽藍主任 大谷徹奘(解説者サイト)
http://www.tetsujo.net/

ball-gs2.gif 2001.03.10(Sat)

ワインを一瓶あけてしまうころには、テーブルの上に夕日の水たまりができていたが、ふたりには話すことがなかった。
                           佐伯 誠


■機内誌『翼の王国』20001年3月号/全日空

ANA機内誌の中で「ナポリ湾」より。

ワインの描写が出てくると、何だか飲みたくなっていけない。ここは結構つらい場面なんだろうが、淡々とテーブル上にたまった水に映りこんだ夕日の描写でその雰囲気をいっそうせつないものにしてくれる。

重い赤ワインではなく、イタリアの白ワインで十分である。金属のワインクーラーから流れ落ちた雫が、テーブルに広がったものだろうか。

鷹中央例会大阪出席のため早朝、大阪へ。快晴。ブレザーで出かけるつもりであったが、寒そうなので急遽コートを着用、無いと震えるところであった。しかし、句会投句の2句は先生の選からもれてしまった。俳句らしくしようと自分で勝手に省略したつもりが、結局、薄味、ただ事に終わってしまっているようであった。高野素十への道は遠い。

「郁摩は自分がまだ出ていない」との御指摘。何度も同じ指摘を受けないよう、しばらく熟考してみよう。

ball-gs2.gif 2001.03.09(Fri)

傅道者言く 空の空 空の空なる哉 都て空なり 日の下に人の労して為ところの諸の動作はその身に何の益かあらん 世は去り世は来る 地は永久に長存なり

■『旧新約聖書』傅道之書より/日本聖書協会

一瞬、「般若心経」を読んでいるかのような錯覚に陥ってしまうところである。「くうのくう くうのくうなるかな すべてくうなり」と。本来はすべて正字体で書かれているのだが、対応する文字が画面上に表示されないため、一般的に使われている文字に置き換えて表記した。

聖書も文語で書いたものを読むと、詩のように読めてしまう。かつて翻訳者たちが苦心惨澹して書き上げた珠玉の詩歌集といったところであろうか。

快晴。しかし、春とは言え、寒の戻りか、屋外駐車場のわが車は1cmほど雪と氷に覆われていた。さすがに道路にはほとんど積もっていなかったが、北の山々は先日よりも雪に覆われたところが多かったようである。

国分川で遊ぶ鴨を数羽しか見かけなかったが、もう北へ帰っていったのだろうか。さて、土、日と鷹俳句会の中央例会参加のため大阪へ出かける予定である。時間があれば奈良の薬師寺にも行ってみたいと考えている。

ball-gs2.gif 2001.03.08(Thu)

余命もし得たらばひつぢ田にて逢はむ
この句は、生き残る者への蒼生さんの最後のメッセージである。
                            飯島晴子


■『揚田蒼生全句集』解説より/揚田蒼生/発行者 揚田正子

出会いとは不思議なものである。揚田蒼生がいなかったら、私は飯島晴子にも藤田湘子にも一生めぐり会わず、もちろん俳句も作っていなかったに違いない。

つまり、藤田湘子という敬愛する師を一人失っていたに違いない。そして、人生の中で、同じ年月を過ごすことの大切さを教えてもらったのも揚田蒼生からであったと思う。

知り合い、俳句の指導を受け、吟行に誘われ、句会で討論し、酒を飲み、話し、ほんの4年足らずの歳月が、記憶の中では十年以上一緒に過ごしていたように錯覚されるのだから、ただふれあうだけで無く、どれほど相手の記憶に刻み込む交わりがあったかが大切なものであるかと言うことを。

携帯電話の「i-mode」に対応したページを作成した。文字情報の短さで多くのものを伝えることができる俳句は、まさに現在のコンテンツのなかでは相応しいものであろう。ただ、縦書きで表示できないのが残念である。しかし、500部しか印刷されていない個人句集の中から、俳句作品を紹介して多くの方に読んでもらえるとしたら、今しばらくは我慢するしかないのであろう。

【Graphein-O】
http://www.alles.or.jp/~wadachi/i/index.html

※ 私の持つ「F503i」ではうまく表示されているが、それ以前の機種で不都合があればお許しを。画像には、まだGIF画像しか利用できないこともやっと知った程度なのである。

ball-gs2.gif 2001.03.07(Wed)

春の雲とけて流れてむすぼれて   高浜虚子

朝から北山がぼんやり曇っていると思ったら、どうやら黄砂であった。この数日、車体表面には水滴状の埃の後がついていたのだが、工事現場の脇を毎日走っているためだけとは言えなかったようだ。

俳句の五人会に三人ほど新人を誘った。そして、ゆっくり話ができるよう、私の都合をやりくりして、午後7時から9時までとしたのだが、時間内に一人も現われなかったのにはがっかりであった。

しかし、9時に一名から電話が入り、ミーティングが終りしだい駆けつけて来るとのことで、場所を代え、酒を飲みながら待つことに。遅れてきたMさんは、明日、入試に立ち会わないといけないとのことで、ゆっくり酒が飲めず残念ではあったが、誠意は見せてくれた。俳句仲間を増やすのは難しい。

ball-gs2.gif 2001.03.06(Tue)

われわれが日常使用しているいっさいの言語も、それが明快で、その意味内容の伝達力が大きければ大きいほど、使用された瞬間にその存在理由を失わざるを得ない運命をになわされているのだ。
                       イヴ・デュプレシス


■『シュールレアリスム』/翻訳 稲田三吉/白水社文庫

俳句の勉強グループ「五人会」を始めるにあたって、下調べで抜き書きした文章の一部である。数ページの抜書きの中で、この部分だけに下線が付けられている。ノートの日付によれば、95.05.11であるから、すでに6年も前のことになる。当初のメンバーで残っているのは、私とYの2名のみ。なかなか続かない。

俳句も詩の仲間ととらえれば、日常使用されている言葉と違わなければならない。ただ意味を伝えるための言語であるならば、すぐ消滅するはずだが、詩として残るためには意味を越えたものを伝達する力が秘められているかどうかが問題なのである。

ball-gs2.gif 2001.03.05(Mon)

果たして俳句はこれでいいのか−−−。この数年、私はその一点をいつも見つめ、みつめるたびに暗い気分に陥るのでした。
「もっとリズムを−−−」
これが私の願いです。
                           藤田湘子


■『俳句の入口』/NHK出版

私の俳句の師の言葉である。私は人生で3人の師にめぐりあった。鍛金(工芸)の井戸碩夫先生、短歌の塚本邦雄先生、そして俳句の藤田湘子先生である。私は頑固な性格なので、自分が師と尊敬できる方にしか「先生」の敬称は用いない。従って、今までに先生とお呼びしたのは、この3人だけである。

(この不連続日誌中でも敬称は付けるべきか相当迷ったのだが、ここでは、対等の関係で評論する立場から、便宜的に敬称を外すことにしたのである)

私が藤田湘子に心酔するのは、いつも自分のことだけではなく、今の俳句や今後の俳句をどのようにすればよいか自問自答し、決めたことを実践する潔さに惚れているからである。「鷹」という限られた俳句結社や会員のことだけではなく、俳句の未来を見つめる眼差しを失わず、間違いは間違いと主張する勇気や潔い撤退(思考の切替え)にも感服させられてしまっている。

俳句を意味で作ろう読もうとする作者が増えれば、すかさず「俳句はリズムである」と警鐘をとなえ、自分の実践の中から得た極意を惜しみ無く誰にでも伝えようとする。そして、作者としての自分と志の高さを常に失わないことが大切と説くのである。いい師に巡り会えたことを感謝すると同時に、あらゆるモノを吸収し、今一歩踏み出すことが私に課せられた使命と考えている。

朝、高知市の北山の山襞がうっすら雪化粧した状態にあった。さすがに峰には雪はないのだが、谷間に吹き込んだ風の冷たさが感じられた。暖かな日差に、10時頃にはすっかり消えてしまっていたけれど、カメラを持っていなかったのが悔やまれた。

ball-gs2.gif 2001.03.04(Sun)

通俗性とは、このオフサイドのプレイのようなものです。わかりやすいけれども、そこには深みがないのです。
                           仁平勝


■『俳句をつくろう』/講談社現代新書

今年のJリーグ開幕からスタートしたスポーツ振興籤「toto」の話をしようという訳ではない。あくまで俳句の話なのだが、仁平勝が俳句と通俗性についてサッカーのオフサイドという反則を例に出して説明しているのが興味深かった。

すなわち、味方ひとりがゴールキーパーのすぐ前に待ち構えていて、そこに後方から直接パスを出して得点してはいけないというルール、それではゲームが面白くないからということ。ゲームの面白さは詩の深みと通じているというのである。

「俳句はいつもオフサイド・ライン近くにいるフォワードのようなものです。すれすれのところでオフサイドを切り抜けて、うまくボールをもらえれば得点につながるし、ちょっと気をゆるせばすぐ反則になります。」

句会において、「高点句に名句なし」というのは、どうもこのオフサイド、誰をも納得させやすい人情や主観を多分に含んだものが共感を得やすいということだろう。それならば、つまり、選者とはゴールキーパーのようなものか。俳句と認められないものはカットする力量のあるゴールキーパーでなければ、何でも俳句として受け入れてしまうことになる。はて、それでは、どこの結社にも属さない俳人は、試合に出ないサッカー選手のようものなのだろうか。

午後4時ころ、暖かな日差しのなかで紅梅の写真を撮っていたら、春の雪が降り始め、またたくまに吹雪に変わった。これは15分ほどで止んだが、ふたたび6時過ぎから吹雪に襲われ、車のフロントガラス一面にやわらかな雪がぶつかってきた。ヘッドライトは下向きのほうが雪に邪魔されず道路が見えやすいことに気付いたが、かろうじて路側帯の白線を確認しながらのノロノロ運転。高知市ではめずらしい春の吹雪であった。

ball-gs2.gif 2001.03.03(Sat)

老梅の穢き迄に花多し   高浜虚子

遅い目覚め。ベッドの中で本を読むのが日課になり、音楽や英会話をヘッドホンで聞きながら、飽きるまで文字を追いかけている毎日。頭の中に様々なイメージが沸き起こるが、なぜか描き止めようという意欲が出ないのが自分でも理解できないでいる。やはり締め切りがないと作品制作に向けて意識が高まっていかないのだろうか。

午後から雨になるとの予報。確かに雲が全天に広がっていたが、まだ時おり日が差していたので、郊外へ出かけることにした。

紅梅が池のそばで満開になり、水面にその花色を写していた。南国高知とはいえ、冬は薄氷のはる池であるが、ここにも着実に春の訪れが感じられた。しかし、木蓮にはまだ早く、桜の蕾みは堅く尖っている。農家の庭先に沈丁花や木瓜が咲いていた。

午後5時頃、小雨が降り始め、やはり天気予報のとおりかと感心したのだが、15分ほどで上がってしまう。やれやれといったところ。しかし、夜になってまた雨になった。豪雨であってくれれば、予測を崩すレース展開が期待できるので、是非ともこのまま足下を悪くしてもらいたいものだが、さてどうなることやら。

春の雨は優しい。

ball-gs2.gif 2001.03.02(Fri)

みじかびのきゃぷりきとればすぎちょびれすぎかきすらのはっぱふみふみ
                           大橋巨泉


■『現代百人一首』/岡井隆/朝日文芸文庫

「ナンセンスの中に意味があり、意味の中に無意味が潜んでいる。この歌は案外、短歌という詩型のもつ、リズムと音韻と意味との関係の、伝統的な本質を示したとも言える。」と岡井隆は解説する。

1969年、万年筆のCMに使われた(作られたものであろう)短歌とのことであるが、現代短歌の旗手とも言われた岡井隆が選んだ百首の中にこの歌を発見したとき、これが名歌なのかと一瞬凍りつき、その後、この本一冊はこの歌一首のために編まれたのではないかと考え直した。

彼はこれまでにも色々な処で違った現代百人一首を発表しているのではないか。従ってここでは、これまで俎上にのせなかった歌を極力選んだに違いない。選び方は、まず99人を選び、その後、各歌人の代表歌でありつつも、まだあまり自分で解説していないものを選んだに相違ない。その証拠に、各歌人の絶唱と呼べる歌が意図的にはずされてしまっている。

ただ、表記の歌だけは、まず歌を選び、それがたまたま大橋巨泉であったということで、詠み人知らずでもよかったと考えられる。歌で意味を伝えようとすることの浅はかさ、岡井隆の心情を語るためにこの歌はえらばれたのである。

晴天になると外で遊びたい気持ちが強くなった。昔は紫外線を避け、本ばかり読んで満足していたのだから不思議なものである。これも俳句の影響であろうか。

高知映画鑑賞会の最終上映、127回例会が行われた。鑑賞者が減ってしまったのはビデオやDVDの影響だけとは言えないが、ここにも時代の変化が見られる。
○「ギャベ」「サイクリスト」/監督 モフセン・マフバルマフ/イラン映画

ball-gs2.gif 2001.03.01(Thu)

競馬における必勝法の多くが、レース時において「どのような要素を重用視するか」という考え方に基づいて考え出される。
                           谷岡一郎


■『ツキの法則』/PHP新書

また同じ本を買ってしまった。探せばどこかにあるはずだが、手許に見当たらない時は書店の棚のほうが便利で、少しもったいないが、時間の節約と思って買ってしまう。きっとこの本は、すでに家に2冊あるはずである。書店で探すときも、迷わずPHP新書の棚の前へ行っていた。

そうなのだ、「ツキの法則」などというものが本当に解っていたら、人に教えたり、本に書いたりしないで、確実に幸せを一人占めにしているに違いない。いくらコンピュータが発達しても、重視する要素、数学的には変数(Variables)と言うらしいものと、何点分をその変数に割り当てるかのウエイト(Weight)の比率を過去のデータをできる限り正確に打ち込み、多変量解析という統計手法で計算させているに過ぎない。

つまり絶対に勝つ方法やツキの法則は存在しないが、「大負けしない方法」のようなものは考えられると言うものである。何だかややこしい。だから私はパドックで馬を見て楽しみ、走る馬を見て楽しむのである。

「短期間の実力の不要な賭けならば人間もコンピュータに勝つ可能性は充分にある」というのは、どこか初心者がいい俳句を作るのと似ていて楽しい。

国分川が濁って流れていた。ふと考えれば、昨日の雨の影響である。車を洗った翌日に雨が降るなんてことは、ツキに見放されているというより、気象衛星ひまわりの画像を見る努力を怠ったためである。コンピュータにデータ入力する手間隙が嫌だから無いはずのツキを当てにするのかもしれない。

 


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まだ捜している最中。以前、眠り姫の日記を時々開いていたことがあるが、はたしてあれは何処に行ってしまったのだろう。

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